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人生あじつけブログ

人生どういい味を出していくか?を新米大学生が追求するブログ。本・映画について語ったりもします。

19歳、血液ドロドロといわれる

どうもくろぽんずです。

まずこの記事の結論からいうと

「体は第一の資本で、いたわってあげなくてはいけない」

という気持ちをいつも念頭におくべきだ。ということです


今日血液検査というものを人生で(物心つく前は知りませんが付いてから)初めて受けてきました。

私は小さい頃から血というワードを聞くだけで体に力が入らなくなるという性質を持っていて、今も力が抜けた状態で文字をかいてます。血のことを考えるのは怖くて仕方ないのです。


そして恥ずかしながら注射針が怖くて赤十字献血キャンペーンも避け続けた人生でしたが今日ははじめての採血。

診察の時とりあえず腕を出したものの、お医者さんに「親指なかに曲げてってwやったことあるでしょ?」と笑われる始末。

採血すると栄養たっぷりの血液(貧血の真逆)
と言われたところまでは良かったんですが
医師から

「うーん血がちょっとドロドロですね」

という衝撃的な言葉が。


え、え、先生私まだ19よ?どゆこと?(;´д`)

と驚きを隠せないといった表情をしていると

「お肉とか好きでしょ?もろにでてますよ」という食生活の指摘をされ、

確かにスイーツに目がないししばらく魚よりお肉の方がよく食べてたな、と思い出しました。


ただジャンクフードやスナック菓子のような体に悪そうなものは意識的に食べないようにしていたし、外食は友達と行くときくらいに控えてたのにこの結果はショックきわまりないです。

早速家に帰って調べてみると

☆食生活ではなく水分を全然摂らないことも血がドロドロになってしまう原因らしい。

☆体質的にストレスを溜め込みやすい人も血液がドロドロになりやすいそう。

☆睡眠不足も原因のひとつ。多分これかなぁ

☆血液をサラサラにする食べ物は
・リンゴ
・大豆製品(納豆など)
・赤ワイン(一日二杯ほど)やお茶などに含まれるポリフェノール
・緑黄色野菜
・玉ねぎ、ネギ
・海藻類

などなどだそう。


ということを私はこれまで全く意識せずに生活してきました。

睡眠時間を削ってなにか作業したりなんて日常茶飯事。

若いしまだまだ体に以上なんて出ても問題ないっしょ!と甘く見ていました。

でも自分の体は自分が持ちうる財産であり資本なんだ、と今日その言葉の意味が分かりました。

からだがダメになったら何も生産できなくなる。人は命を削って何かをする。なんていうそーんな深いところまで考えてしまったり。

とにかくまずは睡眠をしっかり取ろうと思います。

そして

甘いものを食べるのやめる。

くぅ~甘党の私、涙目です。





ネットで叩かれたら一人前のブロガー

ブログ論

 守形レイジさんの記事を読んで。

www.sugatareiji.com

 

メンタルトレーニングとかしてない普通の新参ブロガーにとって誹謗中傷っていう21世紀型サイバーゲリラ攻撃は確かに痛い。精神に来る。

 

でもね!ネットでアンチが付くということはそれだけ注目されてるブロガーさんってことだとも取れるわけで。ポジティブすぎるかもしれないけど叩かれてる人見ると凹まなくても大丈夫だよ、頑張って書いていきましょう!と応援したくなります。

 

あ、別に好んで叩かれたいッ!なんていうMじゃないですからね。叩かれたときにこう考えればいいんだよ的な提案であって。

 

 

ブロガーに必要なのは心の余裕

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ブログとかSNSというフィールドは突き詰めると自己承認欲求と自己顕示欲のぶつけ合いの場なわけで目立ったら目立つだけ嬉しいと思うのが正直な感想なんじゃないかと。

 

いいね!の数もPV数もなんでも「正確な数値」で出てきちゃう便利でもあり恐ろしい世の中。

 

当然みなさんご存知の「出る杭は打たれる」原理がネットでも起こるんですが

 

私はそのことわざをアレンジした「出過ぎた杭は打たれない」っていう母から教わった言葉が大好きです。

 

炎上系ブロガーだと自覚してる人はもういっそ「我こそはキングオブ炎上系ブロガー」ってなって頭一つ抜けちゃえばいいんですよ。アンチのぐうの音も出ないような覇気をまとえたら勝ちです。でも炎上系ブロガーのファンはアンチだけどね(ややこしいわ)

 

 

Youtubeの動画でも、「これを低評価認定するやつなんているのか」とおもうような素晴らしいアマチュア作品があっても必ず一定数の低評価が付いてるわけで。でも投稿者さんはそういう数とかは気にしてないんじゃないかな。自分の作品に自信を持ってるだろうから。「ふーん、で?」ってかんじ。

 

アンチに叩かれてもその理由が100%納得できるものだったら自分が悪かったって反省すればいいし、不当に叩いてくる人は「とりあえずいけすかないから噛みついてみている」ということを理解してたらツンデレかまってちゃんだと思いスルーする大人の余裕も持つべきです。

 

 実際叩かれ慣れはじめるとそんなにかまってほしいんかいって思えるくらいの余裕が出てくるんだと思う。イケダハヤトさんのブログなんか見てるとほれほれ~と都会で日々消耗してる野良猫の前に猫じゃらしを振って楽しんでる様子が目に浮かぶもんなー。

 

よくある人気ブロガーの「ねぇ見てみて!!!PVこんだけ行きましたー!収益いくらでした!すごくね?」系のエントリーには結構な確率で妬みとか「最近記事狙ってますね」的なボヤキコメントが付く光景が見られるけどそれくらい注目されたいね。ぶっちゃけうらやましいわ。アンチもファンもついてくるカリスマ性は称賛に値するし、ブログ界隈を騒がせるだけの発言力がうかがえます。

 

アンチだろうがファンだろうが読んでくれてるという結果は同じだし、もしほんとにそのブロガーが嫌いなんだったら、私なら絶対見ないよ。PVに貢献したくないもん。不買運動的な。(でも幸いそこまで不快に思うことを書くブロガーさんに出会っていない)

 

 だから運よくバズってアンチが付き始めたひよっこブロガーの仲間に言いたい。「叩かれるようになってからが真のブログ道」だと。やっと登竜門の前に来たんだと。

 

アンチに目を向けるんじゃなくて注目されるようになったことを前向きにとらえることが大事。

 

「バズってよかったやん。はい次いこ!」の姿勢でいればしんどくならないよね。 

 

 

 なにより反応が来ると嬉しい

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前言撤回。やっぱMかもしれない。個人的にはなんでも反応してくれるとうれしい。

 

世の中には性格が猫っぽい人と犬っぽい人がいますが私は断然後者です。いつもわーいスターだぁああスターもらったよおー!!としっぽ振ってます。

 

積極的に他のブロガーさんと絡んでいくことでフィードバックとか感想をもらえるとうれしいのと同様に内容はともかく反応してもらえること自体ありがたいんじゃないか。

 

叱ってもらえるうちが華っていうじゃあないか。

 

だからもしこの先アンチさんが湧くようになってもわたしはばっちこーい!ウェルカム!まあお茶でも飲んでいきなよ!HAHAHA!って受け流すブログ精神で頑張るつもりです。

 

じゃね!

 

 

 

もうちょっとくだけてみるわ

思ったこと

どーもくろぽんずです。 

 
しばらく(一週間ほど)ブログ滞ってました。
 
 
正直ブログとかはじめてで、「いいコンテンツとは?読者にとっていい情報を届けねばっ!!」と力みすぎてました。
 
私、いつもなんか新しいことをしようとすると深く考えちゃうクセがありまして。
 
うんうん唸ってばっかで行動に起こせず何回機会を逃したことか。
 
起動が1時間くらいかかるオンボロPCみたいなもんで
 
いいアイデアは浮かぶけど、こんなコンテンツ面白くないだろうな…と脳内でボツにしてしまったり。
 
最初張り切りすぎてしんどくなりかけて、
あぁどうせ誰も読まねーよこんなの。とか何度も陥りそうになって!
 
 
んで今日久しぶりに管理画面に戻ってみると一週間前に書いたブログにハテブがつけられ「ブログ頑張ってね」という暖かい一言が。
 
たった1ハテブなんですけど、これほど暖かいハテブを頂いて「こんな文章でも読んでくれてる人がいるんだ」って思えて感動しました。
 
 
バカ真面目と言われる私、感激しました。
 
ブログとか特にもろ人間性が写し出されちゃって恐ろしいなぁと思ってます笑
 
なんか、肩の力抜けたし、もっと自由に書いていいのかな。
 
SEOとか人気ブログの特徴とか気にしないでつらつらと書いたらほんとにスゥーっと心の重荷が降りた気がしました。
 
私は私だ。好きなことを書くんだ。
 
 
取りあえずは数をこなそう。
 
今はサクサク毎日更新してるブロガーさんもきっと最初は文を起こすのだって苦労したはずだし、「全然PV伸びないやないかーっ!」って焦るのもやめよう。
 
 
楽しまないと何事も続かないからね。
 
ゆるく書いてこ。好きなこと。
 
一人でも読んでもらえる人に伝わればそれだけでブログの価値ってあるんじゃない?
 
書く人が楽しんでないとなんかそれもブログに現れてきちゃう気がして。
 
からっからの太陽みたいな、読んでてためになって後味さっぱりするような中毒性のある
ブロガーってやっぱもっと読みたいってなる。
 
他のブログを見てたらこのブロガーさん人がいいんだろーなーとか文脈だけで伝わってくるし、読者になりたいと思うよね。
 
 
このブログに来てくれてる人は自分の文を読みに来てくれてる、それだけで嬉しい。
 
このサイトの海のなかで探しだしてくれてありがとうございます。っていう感謝の気持ちをもってこれからも書き続けようと思う。
 
 
…というこの文を最後まで読んでくださってありがとうございます(´ω`)

「この国をッ…ガエダイ!!」と思う若者こそ起業してほしい

思ったこと

 

どーもくろぽんずです。

最近周りで、

「国家公務員になって日本の将来を良くするぜ!」

「政界に入って下っ端からでもこの国をどうにかしたい」

 

といって経産省に入った先輩の話を聞いたので気になってたんですが、官僚や公務員という政府の人間になるしか国を良い方向に持ってける道はないのかなぁ?とぼんやり考えていたところ。

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先日読んだ「未来に先回りする方法」という本の中に自分なりにしっくりきた回答がありました。

 

それは…

 

今の時代、よりよい社会を作りたかったら政治家になるよりにビジネスで成功した方が可能性あるよね。

 

ってこと。

 

政治に携わりたい、つまり社会の問題解決をしたいと考える場合、以前であれば政治家になることが最も近道でした。しかし、実際にその理想を実現するまでに、どれほどの時間が必要になるでしょうか?

(中略)

政治の世界でリーダーシップを持つさらに上の世代の政治家も、世襲議員が多くを占めています

(中略)

このような状況で、もし、政治家の子供でない人が、本当に解決したい社会的な問題を見つけたなら、政治家になるのが最良の道とは限りません。

(中略)

これまでは政治の領域で解決されていた問題を、起業家がビジネスの領域で解決しようとする試みが最近増えてきています。

 

要するに金もコネもないがやる気のある松岡修造みたいな暑苦しい若者が政界でのし上がるよりも機動性も柔軟性も高いビジネスの世界で勝負した方が結果的に早く成果を得られるんではないか。という考え方だ。

 

いまや一企業が国家レベルの影響力を持てる時代。今私たちが巻き込まれてる資本主義社会ってつまりはどこまでも市場を増やしていけるよう一人でも多くの人の「ありがとう!めっちゃいいわこのサービス(モノ)!」って思ってお金を払ってもらうことが重要だから、世界レベルの大企業が市場を全世界にしたら一国家以上の影響力を持つことだって可能だし、実際にはそうなりつつある。

 

かのGoogleさんは2015年に売上高181億ドル(2兆1400億円)を突破し国の歳入に換算すると既に約200ある国家の上位20位に食い込んじゃうんだってさ。

 

このようにITという国境線を超える新しいテクノロジーが出てきちゃった現代において国家はもはや形式上の線引きでしかないよね。

 

お分かりいただけただろうか。政府も民間会社も突き詰めると「問題を解決して人の生活を良くする」っていう最終目標は同じなので、民間企業でも世の中や人々の生活に大きな影響を与えられるってこと。

 

 

 市場の力で不可能を可能に

いつから宇宙開発が国家のみで行われていると錯覚していた…? 

 

ホリエモンが宇宙開発に取り組む姿勢からもわかるようにもはやこれまでは国家が担っていたような事業やプロジェクトすら個人や一般企業がかかわり始めてる。実際、民間にアウトソーシングされればコスト削減にもなるということでNASAは民間企業に外注しているし。

 

ホリエモンが「(テッテレテッテッテッテレッテッテッテ~♪)世界一ローコストなロケットぉ~」を作っていずれ年末のハワイ旅行のように一般ピーポーでも「来年宇宙いこっか?」という計画を立てられるような時代が来る…ってもうこんなにワクテカな話ないよね。私が死ぬまでに宇宙から日の出を見ることができるかもしれない。

 

映画ドラえもん のび太の宇宙開拓史 [DVD]

映画ドラえもん のび太の宇宙開拓史 [DVD]

 

 

 

大IT時代においては政界より法人の方が意思決定スピードも断然速いし、面白いこともドンドン開発されていく。

 

世界を良くする会社

電気や水道のようにネット接続が一つのインフラだと考えると、ネット環境が整っておらず人口の15%しかネットにアクセスできていないザンビアへのFacebookのプロジェクはODAと同じような貢献だといえる。

www.itmedia.co.jp

 

Facebookみたいな大企業を立ち上げなくとも、たとえ中小企業の立ち上げでも、政府という関わり方以外に人々の生活を良くすることだってできなくはないよね。

 

まず国を変えたいっていうそんな熱い若者が周りにいたことにびっくりしたけど、そういう社会貢献したいような人が会社を作ってくれる方が絶対良い。

 

若者よ、この国を良くしたいならビジネスの世界で戦ってみないか?

 

未来に先回りする思考法

未来に先回りする思考法

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日、人気アイドルになった友達。

小話

ある日、友達がYoutubeでデビュー曲が3000万回以上再生されるような人気アイドルグループのメンバーになった。

 

友達がアイドルなんだ、と言うと一気にスネ夫っぽい嫌らしさがでるのでずっとこの話は寝かせてましたが、思いきってこの記事をかいてみました。この出来事は多分一生忘れないでしょう。(そして色々大変そうなのでそのアイドルグループはご想像にお任せします)

 

中高一貫高校で育った私とその子とは小学1年から高校2年まで同じ学校に通い、親友ってほどでもなかったけど歌の趣味が同じでカラオケに二人で行ったこともあるし家にも数回泊まりにくるくらいの仲でした。

高校も同じ演劇部に所属し部活中によく下らないゴシップを話し合ったりもしたり。

 

小さい頃からダンスをしていた彼女は中学の頃から垢抜けてずいぶん変わり可憐な女性に変わりました。(その頃を思い出すと本当に突然女の子は「蝶になる」時期がくるんだな、と今になって思います)

高二の時私は彼女と同じクラスで、最後の学期には彼女は私の隣の席でした。

彼女と家庭科の授業でペアワークをしたのも覚えてるし必死で内職に励んでいたのも覚えています。

 

そんなある日彼女が大阪の町で大手芸能事務所にスカウトされたので学校を中退するらしいということで急遽同学年の演劇部のメンバー全員がカフェに集まりました。

 

「いつデビューできるかは分からないけど頑張る」といっていた彼女は本当に生き生きしていました。実は彼女をスカウトしたその芸能事務所は彼女が一番憧れていたアイドルの所属する事務所で、事務所名を聞いた私はただただ驚きました。(そういえはま彼女が学校で使っていたファイルもそのアイドルの公式グッズでした)

でもその反面内心では彼女が本当にアイドルとして活躍できるのか心配でした。

この世にアイドルになりたい少女は星の数ほどいるのに加え、可愛いだけではなく運がないと生きていけないのが芸能界だと思っていたからです。

頑張ってね!と一堂が集い見送ったあと演劇部のグループLINEではしばしば事務所でレッスンに励む彼女の写真がアップされてました。

 

そしてその一年後、彼女が所属するガールズグループは華々しいデビューを飾ったのです。

大手事務所の新アイドルグループとして大きく取り上げられた結果Youtubeでは再生回数が瞬く間に3000万回を越え、彼女のファン専用のアカウントまでもが何個もTwitterに出現。人気歌謡番組にも出演した彼女をYouTube配信で見ました。

 

スポットライトの下ピンマイクをつけて笑顔を振り撒く彼女。

 

隣に座って一緒に勉強していた友達がある日突然YouTubeで世界中から注目されるアイドルになった時、まずこれが現実に起きていることなのか信じられませんでした。

 

でもこの時私は「信じられないようなことは本当に起こる」ということを知りました。

自分の生き方について考え始めたのたもこの頃から。

 

正直にいうと輝いてる彼女を見ていて単純にものすごく羨ましかったです。自分の生きたいように生きてしっかりと成功への運を掴んだ彼女が。「アイドルというめちゃくちゃ面白い人生」を歩く彼女が。

嫉妬とかではなく、同年代でもう社会で活躍している人を見て純粋に「私も好きなことで凄いことを成し遂げたい」と強く思ったんです。

 

いや嫉妬なのかもしれない。無駄に自己顕示欲の強い私は生きてるうちに名を残せてる友人にただならぬジェラシーを感じていたのかもしれない…

 

ただ私は周りで成功してる人を見たとき僻みという負の感情ではなく「私も何かしたい!」というプラスの方に働かせることが大事だと思うんです。

 

数年前には彼女がこんな人気アイドルになるなんて全く想像できなかったです、ええ。

でも人生ってほんとにあっさり変わります。大事なことなんで二回言っときますね、人生ってほんとにあっさり変わるんです。

 

その人生を変えるチャンスはある日いきなりくるんです。それを彼女が証明してくれました。

チャンスを掴むためには日々アンテナを張り続けること。そしてそれを逃さないこと。

自分のしてることが実らないかもしれないけど、それが思いもよらない未来に繋がると考えたとき「人生一度きり」と行動することの大切さを思いしりました。

悶々と将来を憂いでいる私のような者もいれば、後ろは振り返らず夢に賭けてチャンスを掴む者もいる。

 

彼女の歩む道を見て、私も何か、死ぬ前に「自分の人生はものすごく希有なものだった」と胸を張って言えるようなそんな生き方がしたいと思いました。

 

 

 

ホントに外国人と話したいなら言語の壁なんて気にしなくていいと思う2つの理由


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どーもくろぽんずです。

2015年は外国人観光客の数が1900万人を超えてここガラパゴス日本に住む私たちは黒船来航級のグローバル化の波にショックを受けているわけで、

特にここ東京なんて歩けば棒ではなく日本語ではない言語を話す人に当たります。日本で働く外国人の数もどんどん増えてるし4年後のオリンピックでさらなる観光客が押し寄せてくることは間違いないです。

 

日本人のみなさん。いつまでも「シャイだから…アイキャントスピークイングリッシュ」を連呼してる場合じゃありません。それに3年ほど前「I can't speak English fluently…」ってホントに外国人に言ったら「いやいや喋れてるやんwwww」という返答が返ってきて「確かに、ほんとにしゃべれなかったら別に英語で”わざわざしゃべれません宣言”する必要ないよね」と妙に納得した思い出があります。

 

「英語に自信ないから」という理由で外国人さん達とコミュニケーションをとることを拒絶してたらもっっったいないです。

 

ホントに外国人と会話したいなら言語なんて全く気にしなくていいです。

そう考える理由について話します。

 

 70か国以上を巡った猛者の英語力は

 

 知り合いにものすごくバイタリティに溢れた50代の面白いおじさんがいます。

彼は30代でセミリタイヤを果たしこれまでに70か国以上を巡ってきたらしく、今でもFacebookで「アラスカ行ってオーロラ見てきた。」みたいなワイワイ写真をアップしていて見ているだけでおなか一杯になるような底抜けに明るいおじさんです。

 

私はよく、昔やんちゃしていたらしいおじさんのおもしろ武勇伝を聞くんですがあるとき「なんでそんなに外国人のお友達が多いんですか?」ときくと

 

「おじさんさ、まったく英語なんて話せないのに笑顔とノリで相手を巻き込むから相手の外国人も楽しそうだしそのまま一晩中一緒に飲んで過ごすことも多いんだよ。そしたらなんか知らないけどものすごい友達になってさw」

 

というなんともすごい返答が返ってきました。

 

おじさんの英語は中学生レベルです。でも70か国以上旅してきて一度も現地の人と話さずに旅を終えたことはないそうです。

 

私も母と韓国旅行でソウルに行ったときコンビニの前で地図を広げていると親切な現地の人に道を教えてもらったことがあります。その人は日本語はそこまで流暢ではない方でしたが「そこを右です」と笑顔で教えてもらったことを今でも覚えてます。私も「カムサハムニダ」くらいしか言えなかったんですがめっちゃ感謝していることは伝わったと思います。

 

現地の言葉が話せないから拒絶されるなんてことふつうありえないんです。なぜ失敗することを想像して「流暢に話せないから無理…」と尻込みしてしまう人が多いのか、本当にもったいないと思います。

 

 

ホントにノリというかオープンな人はどこに行っても好かれます。そしてノリのいい人は言語の壁なんて気にしないのです。ジェスチャーゲームみたいな意思疎通でも自分のしたいことくらいなら伝わりますし、外国人を見て過剰反応する必要なんて全くないと思います。あっちの方だって壁を作られてることくらいすぐに分かります。

 

意思疎通はまず感情ありきだということをもっと多くの人が早く気付けばいいなと思ってます。

 

英語だけが言語じゃない

先日あるフランス人と話す機会があったんですが英語で話しかけると全く通じませんでした。玉砕でした。多分その人の英語レベルは英語が苦手な日本人の方(めっちゃゆっくり話したら理解してもらえた)くらいだと思うんですが私は「ヨーロッパの人だからって英語通じるという思い込み」を持ってることに気づきました。

 

目の前に明らかに日本人じゃない人がいても英語じゃ通じない可能性だってあるのに「英語話せないから無理…」って心配する必要はないってことです。

 

おもてなしする側が受身で良いのか 

これから日本に来る海外の人達は日本で自分たちの言いたいことが通じないことの方が多いと多少覚悟したうえで来日すると思います。

 

私はせっかくこんな東の端っこまで足を運んでくれた人たちをがっかりさせたくないと思うんですよ。

 

私たちはホストなわけだから本当の意味で「おもてなし」の文化を海外に見せたいんだったらもっと堂々と「いらっしゃい!」感を出し積極的に自分からかかわっていく姿勢がいると思います。

 

外国人の人に話しかけても死ぬわけじゃないんだし、会話しないと分からないことの方が多いんだからそれくらいの勇気を出してみてもいいんじゃないですかね!

 

いつまでも心の鎖国をしている場合じゃありません。困っている外国人の人はごろごろいます。

お金持ちはやっぱり余裕がある。2つのバイトを通して感じたリアルな所得格差

お金

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どうもくろぽんずです。

 

東京に出てきて1年目ですが最近日本の色々な「格差」をしみじみ体感してます。

大都会に出てきて日本経済の中心地にいると物心ついた時からうすうす感じていた「お金持ちの人」と「そうでない人」の違いもより一層濃く見えるようになった気がするんです。

 

国税庁の調査によると日本の労働者の40%が年収300万円以下で生活している らしいですね。

nensyu-labo.com

日本の所得の格差はこれまでに無いほど開いてきていてもう「1億総中流社会」なんて歴史の教科書に載るほどとうの昔に終了してます。そもそもなんだけどみんなが同じような所得って資本主義社会で不自然じゃない?モットーならまだしももう「1億総〇〇」という言葉で現在の日本を語ることは難しいんじゃないかなと思います。

 

生活環境にしたってその格差は如実に表れます。私が体験した極端な例をあげたいと思います。

対照的なレストランでバイトした結果

私は今大学1年生で去年の4月からこれまでで2つの飲食店でホールのバイトを経験していますが、一つ目はコスパ最強ドリアが有名な某庶民的ファミリーレストラン、そしてもう一つは都心のオフィス街にある落ち着いた雰囲気の高級ダイニングレストラン。

 

立地の問題もあるとは思いますが同じ飲食店でも狙うターゲットが全く異なります。

学生や家族連れが多く来るファミレスと大企業のビジネスマンが多く来るレストランでは雰囲気から出てくる料理の質も全然違います。

 

回転率を気にするガヤガヤファミレスチェーン店と上質な時間を演出することを最優先とするお洒落なレストラン。

値段もファミレスのランチは299円(ドリア)~なのに対しレストランダイニングのランチの平均金額は1200円 と明らかに予算が違います。

 

当然、いらっしゃるお客も全然違う。何から何まで対照的なこの2つのバイトを通して感じたことは「お金に余裕がある人ほど心にも余裕がある」ということです。

ほんの「一言」に全てが映る

ファミレスでバイトしていたころは初めてのバイトだったので比較ができなかったんですが、2件目の高級レストランでバイトし始めてからあることをされることが非常に増えました。

 

それはお皿を下げるときに「ありがとう」と一言声をかけてもらうこと

 

初めは偶然だと思ってましたが、大体のお客さんはどんなにお連れの方と会話に夢中になっていても少し話を止めて「ありがとうございます」とサラッとこちらに気をかけます。

ファミレス時代ではそんな風に声をかけられることはあまりありませんでした。むしろサービスが当たり前のような対応をされることが多かった気がします。

 

もちろんお仕事ですしお客さんを選ぶことなんてできないですが高級レストランに来るお客さんたちの方が人間的に「お友達になりたい」と魅力的に思うような穏やかな人が多い印象です。

 

バイトだって人間なので感謝されたら気持ち良く仕事できるしもっと良いサービスを提供しようっていう気持ちになれます。これがほんの一言の魔力です。

余裕をもって生きよう

受けたサービスに対して感謝できる人って人間として素敵です。一バイトにまで少しでも気を配れるような心の余裕がある人というか視野の広い人が仕事でも「小さなところに目が届く」だろうし仕事を丁寧にこなすんだと感じました。

 

お金持ちだから余裕が生まれるのか。人として魅力(余裕)があるから人とお金が集まってくるのか。卵が先かニワトリが先か、みたいな話になりましたがまさにいろいろな本にも書いてある通り「金持ちケンカせず」という言葉が胸にストンと落ちました。

 

経済的な格差は意識されがちですが、それと同じくらい大事なものに「こころの格差」ってものがあるんじゃないでしょうか。